はじまりの話(2) トンネルの中に、信号があった
三歳のあの日から、奥只見へは毎年のように通うようになりました。
子どもの私にとって、あの道のりはちょっとした事件でした。山に入っていくと、長いトンネルが延々と続きます。狭くて、暗くて、対向車のライトがやけに近い。早く出たいと思っているのに、いつまでも出ない。
そして、そのトンネルの中に、T字路と信号があるのです。
トンネルというのは、入って、通って、出るものだと思っていました。その途中で道が分かれていて、赤信号で止まる。子どもの頭では処理しきれない光景でした。山の中に、こんなものをつくった人たちがいる。今でもあの赤い光は覚えています。
釣りそのものの記憶より先に、あのトンネルが出てくる。毎年通ううちに、あそこを抜けたら釣りが始まる、という合図のようになっていきました。
四メートル半の竿で、日本最大級の湖と向き合う
当時の私の道具は、4.5メートルのカーボングラスファイバーの延べ竿が一本。リールはありません。
銀山平を流れる北ノ又川では、この竿でヤマメやイワナのエサ釣りをしました。渓流の細い流れですから、4.5メートルあれば十分です。
問題は本湖のほうでした。奥只見湖は日本最大級の人造湖です。その湖に向かって、延べ竿と、それに結んだ糸だけで挑む。竿の長さと糸の長さを足しても、届く範囲はせいぜい九メートルほどです。
その九メートルの中で、40センチ台のニジマスが掛かります。
リールがないということは、糸を出すことも、巻き取ることもできないということです。掛けた瞬間から、手元にある分だけで勝負が決まる。強く引かれれば竿をためて耐えるしかない。魚が走れば、竿の角度と自分の立ち位置だけで応える。あのやり取りのどきどきは、今でもはっきり思い出せます。
道具は、別物になった
あれから数十年が経ちました。
今の釣りは、リールを使って数十メートル先へ仕掛けやルアーを投げます。ラインは細くて強く、竿は軽くて張りがある。魚が走れば糸を出し、止まれば巻き取る。掛けたあとにやれることが、当時とは比べものになりません。
素材も、設計も、精度も、まるで別物です。日々扱っている道具を、あの頃の自分に見せたらどう思うだろうと考えることがあります。たぶん、何に使うものなのか分からないでしょう。
行く前に分かることも増えました。天気も、水位も、現地の様子も、ある程度は調べがつきます。九メートルしかなかった世界は、ずいぶん広くなりました。
それでも、延べ竿の釣りは残っている
面白いのは、これだけ道具が進化しても、延べ竿の釣りが消えていないことです。
リールを使わない釣りは、今も各地にあります。届く範囲が狭いことは、不利ではあっても、つまらないことではない。むしろ制約があるからこそ、立ち位置を考え、間合いを測り、一投が濃くなる。
効率だけで並べれば、とうに消えていたはずです。それでも残っているということは、そこに理由があるのだと思います。
変わっていないもの
では、この数十年で何が変わっていないのか。
魚を見つけたときの発見。届かない場所にいる一匹に、どうにか近づこうとする挑戦。掛けたときの喜び。バラした(逃げられた)ときの悔しさ。何時間も水を眺めているだけで、なぜか落ち着いてくる時間。そして、それを一緒に味わう仲間。
これは、4.5メートルの延べ竿でも、最新のタックルでも、まったく同じです。道具が変わっても、釣り人が受け取るものは変わっていません。
だからひとつ、おすすめしたいことがあります。
もし普段リールを使った釣りをしているなら、一度、制約のある釣りをやってみてください。延べ竿でも、小さな管理釣り場でも構いません。飛距離も、手数も、圧倒的に減ります。けれど、減った分だけ一投が濃くなります。どこに立つか、どう見せるか、いつ動かすか。普段は道具が引き受けてくれていたことを、自分で考えることになります。
釣れる数は減るかもしれません。それでも、帰り道に残るものは、たぶん減りません。私が九メートルの中で感じていたものは、今でもそこにあります。