はじまりの話(1) 覚えていない、最初の一日
私が初めて竿を持ったのは、三歳のときだったそうです。
父の友人家族と共に、新潟の奥只見湖へ行きました。銀山湖とも呼ばれる、山の奥の大きな湖です。そこでヘラブナを釣りました。
しかも、かかったのは大きな一枚だったらしく、私の握っていた竿が引き込まれて、大人たちが大騒ぎになったと聞いています。誰かが慌てて竿を支え、誰かが網を持ってきた。その場でいちばん落ち着いていたのは、たぶん何も分かっていない私だったはずです。
ただ、私にはその日の記憶がまったくありません。湖の景色も、竿の重さも、魚が掛かったあの感触も、何ひとつ覚えていない。
覚えているのは、父がその話を何度も口にしていたことのほうです。誰かが家に来たとき、車で出かけたとき、少し自慢げに、あの日のことを話す。私はそれを、自分の思い出としてではなく、父の話として聞いて育ちました。
奥只見へは、それから毎年のように通いました。大学を卒業するまで続いたので、二十年近くになります。最初の一日は覚えていないのに、その後の二十年はしっかり残っている。妙な話です。
自分の原点が、自分の記憶の外側にある。けれど確かなことがひとつあります。三歳の私が自分で行き先を決めたはずはありません。誰かが連れて行ってくれたから、あの日があったのです。
最初の一回を、自分で決めるのは難しい
釣りを始めようと思ったとき、決めなければならないことは想像以上にたくさんあります。
何を釣るのか。どこへ行くのか。竿はどれを買うのか。糸は何号なのか。仕掛けはどう結ぶのか。朝は何時に出るのか。長靴は要るのか。
経験がある人から見れば、どれも大した問題ではありません。けれど初めての人にとっては、どれも同じ重さの分からなさとして並んでいます。優先順位がつけられない。何を後回しにしていいのかも分からない。
そして、調べれば調べるほど情報は増えていきます。動画を見ても、どれが自分に当てはまるのか判断できない。結局「もう少し調べてから」となって、その「もう少し」が続いていく。
始める前に力尽きてしまう。釣りに限らず、よくあることだと思います。
連れて行ってくれる人がいたかどうか
一方で、誰かに連れて行ってもらった人は、この段階をまるごと飛ばせます。
集合時間も、持ち物も、行き先も、決まった状態で当日を迎える。竿は借りればいい。仕掛けは結んでもらえばいい。最初の一回は、それでまったく構わないのです。
そして一日終わったあとに残るのは、道具の知識ではありません。楽しかったかどうか、それだけです。その一点さえ手元に残れば、次は自分で調べ始めます。順番が逆なのです。
釣りを続けている人に話を聞くと、たいていの場合、最初のきっかけに誰かがいます。父親、祖父、友人、職場の先輩。自分ひとりで道具を揃えて水辺に立った、という人は、私が知る限りそれほど多くありません。
続けている人と、始められなかった人。その差は、本人の意欲よりも、隣にいてくれる人がいたかどうかで決まっている気がしています。
教える側は、そんなに構えなくていい
では、連れて行く側に何が必要か。上手であることではない、と私は思っています。
必要なのは、当日の段取りを引き受けることだけです。場所を決めて、時間を決めて、足りない道具を貸す。あとは隣にいる。釣れなくてもいい。教え方が下手でもいい。
むしろ、たくさん教えようとしないほうがうまくいきます。最初の一日で覚えられることは、そう多くありません。竿を振って、待って、水面を眺める。それで一日は十分に成立します。
もし周りに「やってみたい」と言っている人がいるなら、詳しくなるのを待たずに、次の休みに誘ってみてください。その一回が、その人の釣り歴の始まりになるかもしれません。私の場合がまさにそうでした。本人が覚えてすらいない一日が、二十年通い続けることにつながり、こうして今の仕事になっています。
一人にしない、ということ
私たちが「初めての釣りを始める」というページをつくったのも、突き詰めれば同じ理由です。
連れて行ってくれる人が身近にいない人のほうが、今は多いかもしれません。だとしたら、その役割の一部を、私たちが引き受けられないかと考えています。何から買えばいいのか。どこへ行けばいいのか。誰かに聞けば一分で済むことを、聞ける相手がいないまま止まってしまう人を減らしたい。
道具を売ることよりも、始めた人が二回目に行けること。そこが大事だと思っています。
もし今、始めたいけれど止まっている方がいたら、まずは近くの管理釣り場に、詳しい誰かと一緒に行ってみてください。相手がいなければ、お店の人でも構いません。最初の一回を一人で背負わないこと。それだけで、ずいぶん先まで進めるはずです。あの日の大人たちが私にしてくれたのは、たぶんそれだけのことでした。